「アイムソーリー」
は自分の非を認める事になるから、
軽々しく使ってはダメだと、いわれたものだ。
訴訟社会では、先に誤ったほうが”負け”と
いった風潮が随分と浸透してしまった。
ところがここ最近、アメリカの裁判所では、
先に誤っても自分の非を認めたこととはみなさない。
といった方針を打ち出しているようだ。訴訟社会の問題は、混沌とした人間関係の問題でもある。
この弊害があまりにも大きいため、このような方針転換を
行ったのだと推測される。
「ゴメンサナイ」
日本においても、
最近は謝れない人が増えているのではないだろうか?
誰もが間違いは起こすし、
完全な人間なんてありえない。
自分の過ちを素直に認めることは、
親しみやすさを生み出すことはあっても、
自分を下げることだなんて、思わないほうがいい。
相手が部下であろうが、女性であろうが、それは同じ。
尊敬されたかったら、仲良くなりたかったら、
自分の話を聞いて欲しかったら、
自分が悪いときは、素直にあやまろう。
自分がリーダーをつとめていた、とあるプロジェクトでは
分単位の区切りで、いろいろな会社が入り混じって
担当作業を行っていた。
その行程の仕切りを考える立場にあった私は、
毎日終電を1、2時間も過ぎた時間まで、
現場とオフィスを行き来する中、
一日150通を超えるメールに間違いなく目は通していたはずだった。
ところが、やはり人間は完全なものでは無いもので
内容を一部見落としていた。そのせいで作業の順序が
重なってしまい、作業の滞りと、工程のミスを引き起こした。
それは、それ以降の作業の致命的なミスになりかねない状況で
当事者同士の会社だけでなく、プロジェクト関係者に
緊張がはしった。お金の問題、信用の問題。
私は、
「ゴメンナサイ。私の不注意でした。申し訳ありません。」
としか言えなかった。顧客のクレーム、訴訟も覚悟した。
ところが、この言葉のあと
私は思っても見なかった状況を目にした。
関係者たちの雰囲気は、安堵なものに変わった。
「誰だってミスはあります。」
「しかたないですよ。やり直しましょう。」
「がんばりましょう。挽回できますよ。」
たった一言で人間関係がうまくいく。
そういう言葉が、日本語にはたくさんあると
あなたはきっと知っているはずだ。
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